2位じゃダメなんです。

【連続投稿857日目】

 

平成の迷言ランキングがあるとすれば、間違いなく入るであろうこの言葉。

 

「2位じゃダメなんでしょうか?」

 

誰がどの場で発言したのか、このブログでは書きません。また発言した人の政治信条などを問うつもりも全くありません。

 

ビジネスやスポーツの世界において、2位に甘んじてそれで良しとする人がどれだけいるのでしょうか。やはりどんな分野でもいいから1位を目指そうとするのが人間じゃないでしょうか。

ここで言いたいのは、「どんな分野」でも、です。

走るのが早い、絵をかくのがうまい、人を笑わせるのが得意。早食いなら、誰にも負けない・・・1番になることはそれだけで素敵なことです。

 

これはビジネスでも一緒。家電量販店などが地域ナンバーワン、と広告しています。これ結構核心をついていると思いませんか。どんな狭いエリアだろうと、そこで一番になれば知名度は全く変わります。

 

日本で一番高い山は、誰もが知っている富士山。では2番目は?

回答率は相当下がることでしょう。これが2位の現実です。

 

批判覚悟で言います。「2位ではダメなんです」

 

 

 

 

好きなことをやって生活したいですよね。

【連続投稿856日目】

 

好きなことだけをしていたい。

 

こんな生活が送れるなら最高ですよね。しかしこの言葉、危うい側面を持っています。

 

好きなこと=楽(らく)をする、と捉えられがちです。自分から逃げていることにもなりかねません。

 

同じ漢字でも、自分が楽しむことができているか。それが好きなことをしていることだと思っています。

 

「ハウ・トゥ・アート・シンキング」(若宮和男 実業之日本社 2019)には、さらにその先の考え方として「愛」の有無を提示しています。

 

愛には、葛藤がつきもの。いやな部分も含めてやっていることを愛せるか。そうした気持ちになっていれば、それが本当に好きなことになる。

 

愛着。愛情。こうした感感覚に近いのかもしれません。

 

愛情をこめたものを、ずっとやってそれで生活ができる。それこそ理想の生き方ですね。

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多様性と受容の第一歩は傾聴から

【連続投稿855日目】

 

ダイバーシティ&インクルージョン。D&Iなどと略されています。ひとりひとりの多様な価値観を認め合い、受け入れて、それぞれの個性や能力に応じて活躍できるようにしていこうとするもの。

 

そもそも、身体的な特徴としての男性だけが固まって仕事をしていたこと自体が異常なわけで、様々な価値観を持った人同士で仕事をしていくことは至極当然のことです。

 

ただし、多様性が進んでいる欧米でも、本当にインクルージョンされているかと言われると、耳を疑うニュースを目にします。例えば、黒人に対する警察官の取り締まりの厳しさ、アジア人だからと言って、突然暴力を振るわれる女性。他の人の意見をマウンティングするネット上での書き込み。

 

会社や学校でも、多様性が大事と言いながら同じような属性の人と固まってグループができてしまう状況。

 

コロナ禍で、オンラインを使って日本各地だけでなく世界に住んでいる方と初対面でお話をするようになり、本当に様々な価値観の方と出会っています。リアル出会えないからこそ、相手の考え方を尊重し、話をよく聞くことが必要となります。この1年、まがりなりにも多様性を受容する姿勢は相当磨かれたと思っています。

 

 

多様性を認めることは、受容すること。まず第一歩は傾聴。人の話をよく聞くことだと感じています。オンラインで初対面の方に、自説を繰り広げたら強制退出させられてもしょうがないですよね。実際私はそれで、SNS上でブロックした人がいました。

 

お互い不幸になるだけですから。

 

多様性と受容は、ひとりひとりが努力しないとできないもの。でもいったんできたら、これほど楽しくて可能性が広がる世界はないです。

 

まずは傾聴から始めてみませんか。

 

 

改めて、「世界は贈与でできている」、から。

【連続投稿854日目】

 

恩送り。ペイフォワード。見返りを求めずに、誰かに何かをすること。受け取った人は、また別の誰かにその恩を「送る」こと。

 

私の好きな本「世界は贈与でできている」(近内悠太 newspicksパブリッシング 2020年)

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この本で強調しているのは、Giveする気持ち=贈与は、自分起点のものは存在しない点です。

今の自分は、誰かのGiveによって成長し生きています。親だったり、見ず知らずのGiveが巡り巡ってご縁をいただいたり。偶発的計画性もある種様々な人からの贈与が自分に巡ってきたとも考えてよい。

そして「贈与は、それが贈与だと知られてはいけない」と述べています。

贈与だと認識された瞬間、返礼の義務が生じてしまいます。その人に返礼したらそれは恩送りではなく恩返しになってしまいます。つまり「交換」です。

 

贈与されて今生きている。また自分は誰かに知らず知らず贈与しているわけです。なぜなら、人が生きている時点で、誰かに影響を与えているからです。

 

ただ注意したいこと。それは、意識してGive するとしても自分自身が楽しむことです。自己犠牲の精神で贈与するほど聖人君主な方はそうそういません。自分が楽しみながらGiveしていく。そうすると周りも楽しく、明るくなる。

夏休みに、ぜひGiveについて考えてみませんか?

 

応援してもらうことはコミュニケーションスキル

【連続投稿853日目】

 

応援。

 

昨日参加した2つのサードプレイス、パラレルキャリア関連のイベントで奇しくも同じ言葉が出ました。

 

多くの人たちに応援してもらう。

 

何か動くことで、実はこんなにも応援してくれる人がいるんだと気づいたこと。一人でできることはたかが知れています。

自分がやりたいことを実現するなら、周りの応援が不可欠です。

応援してもらうこと、そのものがコミュニケーションスキルなんですよね。

自分を信じて、他人を信じるからこそ伝わる思い。その思いに共感して「応援してやるか!」と動いてもらう。

そのためには、自分の行動がまず最初にある。相手のために動く、Giveする。それを積み重ねる行為を、周りは必ず見ています。

 

繰り返しますが、自分を信じて、他人を信じるから伝わるのです。

サードプレイスは、誰と行くかも大事

【連続投稿852日目】

 

サードプレイスン議論で、スタバの次に事例が上がる新橋のガード下。様々な人と出会うことができる場所として多くのサラリーマンが納得できる場所でもあるでしょう。

 

しかし。この場所もサードプレイスと職場の延長とは紙一重

 

新橋のガード下に、会社の同僚と飲みに行くとしましょう(さすがにコロナ禍ではそうした人達はほとんどいないでしょうが・・・)果たしてこれはサードプレイスでしょうか。職場でも家庭でもない第三の場所にもかかわらず、一緒に行く人が職場の人たち。

そして繰り広げられる会話は、ほぼ間違いなく会社、上司の悪口。恐ろしい時間ですね。

 

一方で、ひとりで隠れ家的な場所を見つけ、属性が全く違う人たちと交流を図ろうとする目的なら、本来のサードプレイスと言えそうです。

 

サードプレイスとは、第三の場所でもありますが、大きな要素に誰と行くか、も大事になってきそうです。

 

この点は間違わないようにしておきたいところですね。

学歴は、学習歴の時代へ。

【連続投稿851日目】

 

「学歴」というと、最終学歴を指しますよね。多くの方は社会人になる直前の学歴を意味するのではないでしょうか。

 

以前からこの言葉には違和感を感じていました。

 

社会人になって仕事をするうえで、学歴なんて関係なくなってきています。官公庁やお堅い業種以外では。

また、社会人になったら学ばなくてよいのか。

 

決してそんなことはありません。むしろ社会人になってからのほうが学ぶ量、質とも学生時代のそれとは大きく変わります。

変化が激しい時代、自ら学び続けないと取り残されてしまいます。

 

学歴ではなく「学習歴」。もっといえば「最新学習歴」。

 

何を学んでいるか。最近まで何を学んでいたか。これが重要になってきます。

 

生涯学習。似たような言葉ですね。ただ最新学習歴の積み重ねが生涯学習なんだと思います。最終学歴ではなく、最新学習歴が浸透すれば、生涯学習という言葉がなくなるかもしれませんね。