「密やかな結晶」小川洋子著から考える、言葉の輝き

【連続投稿574日目】


博士の愛した数式」(2004年)で記憶をなくしていく数学者 の話を描いた小川洋子さん。

同じように記憶が無くなっていく話ですが、こちらは秘密警察の記憶狩りによって強制的に記憶を奪われていく島の生活を描いています。

「密やかな結晶」(1994年 講談社)。ある日突然記憶狩りがやってきて、「消滅」が行われます。
それに関連する物はすべて焼却しなければいけません。そしてしばらくするとその記憶が頭からも徐々に失われてしまいます。

例えば、写真の消滅が行われたら、家じゅうの写真を燃やします。 それ以降写真そのものの記憶が島の住人からなくなっていきます。

こうして人々の心が空っぽになっていく。その虚無感を描いています。

物だけでなく、それに連なる五感の記憶がすべて失われてしまう虚 しさ。無抵抗のまま受け入れる人々のやるせなさ。あきらめ感。いつどんな物が無くなるかわからないため、今残っている物と記憶を大切にしようとすればするほどそれを奪われたときの絶望感は計り知れません。

 

ひとつひとつの物は、それだけではただの物。そこに言葉という記号を付け加えて初めて命が吹き込まれます。言葉を通して記憶がつながっていきます。それが病気ではなく、強 制的に失われれば失われるほど、言葉のひとつひとつが光り輝きま す。失われた初めて知る大切さを教えてくれます。日頃私たちが使 っている言葉は、本当は光り輝いているはず。

 

言葉のすばらしさを感じずにはいられない本です。言葉の持つ経験 、五感で感じた記憶、それらが昇華されたものが「結晶」 なんでしょうね。